Lovearth Camp Web

関西(大阪)を中心に活動するLovearthCamp(ラヴァースキャンプ)では、自転車発電機「ディスコ☆マーラー」での自転車発電アトラクションの企画・制作・実演やイベントはもちろんワークショップ、WEBコンテンツの制作、環境団体や社会貢献団体のPRサポートなどを行っています。

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vol.5 ダライ・ラマ 講演

昨年11月にダライ・ラマが来日。17日にはインテックス大阪で行なわれたピース・カンファレンス2010というイベントの中で講演が行なわれた。その際に私はTwitterで発言をラフな構成のまま中継したのであるが、インタビューの全体像を見直して再構成したたものの発表する機会をなかなか得ないでいた。そして、半年弱を経た今、東日本大震災が私たちの生活を大きく変えようとしている。震災による甚大な被害とその復興という壮大な課題、そして原子力災害という危機。私たちは文字通り自分たちの暮らしと価値観を見直すべき時期に来ている。例えばライフスタイルの変化という時、ライフは「生活」と捉えるのではなく「命」と捉える時期に来ているのだ。そうした動きの中で、テクノロジーと人間との関係、人間の破壊性や隣人を感じる想像力について語ったダライ・ラマの言葉を紹介するべき時はまさに今であり、コンテンツとして掲載する次第である。録音が禁止されていたので、愛用のMacBookAirで一心不乱にタイプしたメモ書きゆえ、意訳の部分が見受けられるかもしれないが猊下の言葉、その温かみは感じられると思うのでご一読頂ければ幸いです。


テクノロジーが与える物質的な満足感、暴力と孤独

 21世紀も10年が過ぎました。世界をより良いものにするには若い世代が責任を持ち、明確な見解が必要です。特に原爆を体験した、世界で唯一の国であるこの日本は核のない世界を作る指導者的な立場にあると私は考えています。
 20世紀は科学者による物質的な創造性に富んだ発展を遂げた時代、世界がお互いに歩みよって新たな経済システムをグローバルな規模で作り上げた非常に大切な意味を持った時代でした。同時に、暴力、流血的な悲劇の時代でもありました。物質的な改善の時代であったと同時に、暴力の時代でもあったのです。意見や考え方の食い違いはいつも存在するものです。人間は知性ある生き物ですが、暴力が歯止めが利かなくなる可能性はいつも存在します。そうした時代の中で世界を変えるには、祈るだけでは世界を変えることは出来ません。「世界平和!」と声を上げてデモンストレーションするだけでなく、実行する力が必要なのです。
 20世紀のテクノロジーは人間が望んだ物質的な満足感を与えてくれましたが、平和な世界を叶えてはくれませんでした。テクノロジーは暴力的に使われ、原爆をも作り出したのです。テクノロジーやお金によって平和を手に入れることは出来ないのです。過去200年間、人間の生活は飛躍的な改善を遂げてきました。しかし80年代、90年代、そして20世紀の後半、この物質的な充足感は限界となり、一人ひとりの心の中は孤独であり不安は解消されることはありませんでした。テクノロジーやお金は精神的な平和を与えることに失敗したのです。


映画や音楽など感覚による満足感では幸せは生まれない

 よって近年では多くの科学者、ことに脳科学者たちは心の問題に目を向け「人間というものは心の内側から作られるべきだ」ということに気づきはじめています。精神的な負担を受けた時、心がかき乱された時、嫌悪感や執着が大きければ大きいほど心の中の平和が失われます。そして免疫機能を低下させるという研究結果が報告されています。よって科学者も人間が健全に生きるには心のケアが不可欠だと考え、心の研究に興味を持ち始めたようです。私はインドで暮らして30年経ちましたが、私自身も科学者たちと対話を重ねていきたいという熱意が出てきたのです。
 人間の心のなかに平和を作るには、物理的な手段では限界があります。人間は苦楽を体験しており、そして苦しみを取り除きたいという意味では誰もが同じです。人間の目的とは幸せになることなのです。ただ心の中にある深いレベルの幸せは、肉体的・感覚的なレベルでは得られません。つまり感覚的な手段を通じた一時的な満足感では幸せになれないのです。映画の面白さは視覚を通じた満足感、音楽は耳からの心地よさを通じた満足感。そうした満足感は実のところテクノロジーを経由したものなのです。そうした感覚に依存して生じる満足によって幸せは生まれません。


内面を訓練することで獲得できる、充足感が生む幸せ

 本当の幸せとは修行や知識、対話などで育まれ、得られるものです。五感を通じて得る感覚的な満足ではなく、内面を訓練することで獲得できる充足感、そこから幸せというものが得られるのです。あるいは宗教の信心をもとに、充足感を得ることが出来るのです。さらに世の中には異なる宗教がありますが、心の平和を生み出すという意味ではどの宗教も同じ立場にあります。
 前世、来世、天国や神様について考えるだけではなく、一つの家族、社会がいかに幸せになるかを考えることが大切です。その過程でそれぞれの立場から様々な問題が発生しますが、それらを解決する方法。それは「対話」であると私は信じています。ただエコロジー、グローバルな経済危機などを考えるとき、それを国単位の問題として考えるだけでは解決できません。国際社会というものが、非常に複雑に入り組んだ構造になっているということが私たちの現実だからです。現在、世界には70億人近い人間たちが存在しているわけですが、種々の問題を乗り越えるには、それぞれの人間のあるがままを実感し、それを自分たちの一部だと考えることが重要なのです。 
 物事にはさまざまな側面が存在します。そしてそれぞれの顔があり、その全てを全体的に捉えて現実を見ることがとても大切です。現実をあるがままに見る努力が必要なのです。
 こうした現実を見るためには、私たちそれぞれの体験がとても役に立ちます。ただ、一般的な教育だけでは心を育てるのは不十分です。さまざまな戦争を起こしてしまった人たち、テロリストたちの知性は非常に優れたものですが、彼らには他の人たちに対する愛情や思いやりに欠けていました。問題があったときに暴力を使っていたのです。しかし、隣人を破壊させることは自分自身をも破壊すること。隣人を助けることで、自分自身が役に立つ行いになります。全ての人々が自分と同じ人間の一部であるという理解によって、隣人を助ける愛情と思いやりを持つことができます。


自分の中の破壊の本能に流されずありのままの自分をみる

 問題は次々と生まれます。そのほとんどは人間の心によって生まれます。もし、人間が全体的な視点を持っていると、そうした問題は生まれません。かつてアメリカの精神科の科学者が話してくれたことですが「私たちは相手に対して、怒りの心を爆発させてしまうとき、相手が非常に悪い人に見え、怒りの行動を起こしてしまう」というのです。しかしその90%は自分自身の心の投影であり、自分の中の破壊の本能によって生まれるものであり、実は悪い感情を支える根拠となるものは存在しません。自分の事をあるがままにみる視点が存在していないのです。だから、私たちには現実をあるがままに見る努力が必要なのです。教育についても、現実を正しく見ること、あるがままの姿を捉えることが欠かせません。ただ、現実と目に見えている現れとの間にはギャップが存在するものです。私たちが見えてるように物事は動いてはいません。私たちは、ありのままを見るために正しい教育が必要なのです。
 宗教の信心には愛情、慈悲、寛容さといった共通の考え方があります。創造主を信じている人たちはそのような信心のなかで、神に限りない心を寄せながら、自分の中に愛を持つ努力をしているのです。仏教、ジャイナ教などは因果を信じることによって、日々の行動に努めようという考えがあります。因果の心とは正しい行いをすると正しいものが返ってくるという作用であり、自分自身を信じることによって、愛、慈悲の心を高めることが出来るのです。
 しかし70億の人々の多くは信心していません。そうした人々を含めて思いやりをもって教育するためには、生物学的な要素としての愛情が必要だと思います。犬やネコがどうやって生き延びることができたのか、それは母親からの愛情を得ることで生き延びることに成功してきたからです。それが深いレベルでの存在として、母親の温もりに触れること、そうした体験から愛情に溢れた人生が始まるのです。よって個々の体験は非常に大切なのです。その反対にいつも自分の中に恐怖感、嫌悪感があると、それらは私たちの免疫機能を食べてしまいまうのです。愛と慈悲の心を高めると勇気と平和を維持することが出来ます。現実をあるがままに正しく見ることが出来ます。現実を正しく見ることによって生まれることは正しいものになるのです。自分の隣の人たちに対して、自分だけではなく隣の人も含めて愛することが必要なのです。隣人を破壊すると自分をも破壊することになる。お互いに、幸せになることで世界が幸せになる。


社会全体を健康的で平和なものにするには、
まず個人の内なる平和から

 ある科学者の研究によると心を訓練するために、瞑想を2、3週間続けるとストレス値が下がることが解りました。それは宗教的な研究ではなく、心の中で集中力を高め、良き心を自分の中で育むことで心の栄養が得られることがエモリー大学の研究で判明したのです。自分の心を訓練し、愛情、注意深さを注いで訓練した結果、心が非常に穏やかになり勉強にも非常に集中できるようになったのです。そして人間関係をとても円滑に進めることが出来るようになったとされています。
 科学者は脳の中の細胞に変化が起こることで感情が変化することを発見しました。同じように瞑想によっても脳の細胞に変化が起きるのです。必ずしも信心に基づく必要はありません。こうした変化を、みなさまがたと分かち合いたいと思うのです。心の平穏を築くこと、内なる心のなかで平和が実現するということを。争いによって決して平和は生まれないのです。さらに心の動機を正しく設定するには「自分さえよければ」と考えるのではなく「全ての人たちも自分の一部だ」と考えることが大切です。そうして内なる心を育むことで、世界平和を達成することができます。同時にそれは個人の心の平和です。科学者でもビジネスマンでもエンジニアであっても、その方法論は共通しています。社会全体を健康的で平和なものにするためには、まず個人の内なる平和から。他の人たち、隣人、遠くに離れた誰かを大切に思う、そして彼らを自分の一部であることをはっきり認識すること。そうした認識に基づき、対話を通して21世紀を平和な世界として築いていくことは可能であると思います。
 そうした取り組みが続けれるか否かは、一人ひとりの肩にかかっています。本能にゆだねるままになると、自分の心も不幸になってしまいます。そして執着、傲慢な心に蝕まれ、自分自身が見えなくなり、間違った心になってしまいます。一人ひとりが認識をもって、歩みをもって、心の中にある破壊的な環境を無くすことが出来ます。

以上 2010年11月17日 ダライ・ライラマ講演より

Repoted by KAZUYA SAKURAI

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